高松高等裁判所 昭和48年(ネ)152号 判決 1974年10月31日
控訴人 古田宗博
被控訴人 高知市 〔人名一部仮名〕
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金一、五八五、〇〇〇円および内金一、四八五、〇〇〇円に対する昭和四四年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 被控訴人代理人の主張
本件児童のけんかは、放課後の時限に行なわれたもので、通常のありふれたけんかに過ぎない。従つて、当時教室にいた他の児童らは、担任教師に対する通報連絡をしなかつたのである。岡林担任教師は、最初丁川四郎に肩を叩いて貰つていたが、当日花だんの整理作業をした疲れが出て居眠り、気づいたときには控訴人が右丁川に代つて肩を叩いていた。その後当日の学級のすべての教育課程が終了したので、岡林担任教師は、日直に戸締を命じ、他の児童に早く帰るよう指示し、その日に済ますべき教務調査の用務のため職員室に引揚げて行つたものであるが、本件けんかは、その後岡林担任教師不在のうちに突発的に発生したものであつて、学校における教育活動もしくはこれと密接不離の関係にある生活関係の中において生じたものということのできないものであり、学校内に児童が居残つている限り、そのすべての者に対して、絶えず監視監督を続けなければならない学校教師としての責務は存しない。岡林担任教師は、常々児童の訓育上、お互いに仲良くするよう説諭し、指導監督を怠らなかつた。
二 控訴人代理人の主張
被控訴人の右主張事実は否認する。
三 証拠 <省略>
理由
一 事故の発生
原判決理由一(暴行事件の発生)記載の説示と同一であるから、これを引用する。
ただし、原判決五枚目裏一行目の「行を加え」の次に「、これにより原告が肩胛部等に打撲症の傷害を受け」、同三行目の「乙」の次に「第四号証、」、同九行目の「組の反省会」の次に「(特別教育活動として担任教師の指導による学級児童会)、」を加え、同六枚目表三行目の「同教諭……」から同四行目の「……立去つた」までを「右作業が終了したので、同教諭が右反省会の司会をした日直当番の児童二名に教室の戸締りを命じ、また教室内に残つていた児童全員に対して直ちに下校帰宅をするよう命じて職員室に引揚げた」と改め、同九行目の「記載」の次に「当審における控訴人法定代理人本人古田富美子尋問の結果」を加える。
二 被控訴人の責任
控訴人は、責任能力を欠く児童が登校在校している場合には、担任教師において、その児童が他の児童の権利を侵害しないよう充分に注意監督すべき義務があるところ、前記甲川、乙川、丙川はいずれも責任能力を欠く児童であるからその担任である岡林教師には右義務があるにもかかわらず、同教師は、これに違背して右三名の児童を教室に放置した結果本件事故が発生するに至つたものであり、被控訴人は右岡林の使用者であるから、民法第七一四条、第七一五条により岡林の注意監督義務違反により発生した本件事故につき損害賠償責任がある旨主張するので判断する。
先ず、本件における適用法条につき検討を加えるに国家賠償法第一条にいわゆる公権力の行使とは、これを広義に解し、国又は公共団体の行為のうち、純然たる私経済作用と同法第二条によつて救済される営造物の設置・管理作用を除くすべての作用を包含すると解するのが相当である。
従つて、控訴人が主張するような公立学校内で発生した児童間の事故について担任教師の注意義務違背を理由に公共団体の責任を問う場合にも、また同法第一条が適用されるものと解すべきところ、控訴人は、本訴において、民法第七一四条、第七一五条に基づき被控訴人市に損害の賠償を求める旨主張していることは前記のとおりであるけれども、かかる主張は単なる控訴人の法律上の意見にすぎないから、なんら裁判所を拘束するものではなく、控訴人の主張しない国家賠償法第一条を適用して控訴人の請求の当否を判定しても、控訴人がその原因たる事実を主張している以上、いわゆる弁論主義に反するものではない。
ところで、国家賠償法第一条にいわゆる「職務を行うについて」とは、(1) 職務行為自体又は(2) これと関連して一体不可分の関係にあるもの、及び(3) 行為者の意思にかかわらず、職務行為と牽連関係があり、客観的・外形的にみて社会通念上職務の範囲に属するとみられる行為(不作為を含む。)を指称し、国又は公共団体は、これらの行為による加害に対し賠償責任を負うものと解するのが相当である。
そこで、以上の見解のもとに、本件事実関係を検討するに前記一認定事実によれば、本件事故は、特別教育活動が終了し、担任教師が教室を引揚げた直後に、教室内において突発的に発生したものであることが明らかである。
そうすると、本件事故は、右(2) の類型の行為(不作為)によつて発生したものとみられる余地が存するから、進んで、担任教師である岡林教諭に、控訴人主張のような過失があつたかどうかについて検討する。
訴外甲川一郎、同乙川二郎、同丙川三郎が本件事故発生当時小学校四年生の児童であつて、責任能力を有していなかつたことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、自己が担任する児童が責任能力を有しないといつても、小学校四年生ともなれば一応学校生活にも適応し、相当程度の自律・判断能力を有しているとみられるから、教場での教育活動が終了した以上は、全員が退室下校するのを見届けなければ児童の安全を保持しえないと予測しうるような特別の事情がない限り、担任教師には最後まで教場に在室して児童を監督すべき注意義務は存しないと解するのが相当である。
原審証人岡林千鶴子(第一回)の証言によれば、担任教師岡林教諭は、常々、学級児童に対し、けんかなどをしないように説諭しており、しかも、当日の前記特別教育活動に際しては、本件事故の発生を全く予見しておらず、かつこれを予見しうるような事情も存在せず、本件は全くの突発的事故であつたこと、また、同教諭が職員室に引揚げたのは教務調査の事務を処理するためであつたことが認められ、他に右認定を動かしうる証拠はない。
そうすると、本件においては、前記特別の事情はなかつたものというべきであるから、同教諭には最後まで在室して児童を監督すべき注意義務は存しないものというべきである。
結局、かかる注意義務の存在を前提として同教諭に右注意義務違背の過失があつたとする控訴人の主張は理由がないものといわなければならない。
以上のとおりであつて、同教諭の職務の執行について過失がない以上、被控訴人が国家賠償法第一条に基づく損害賠償責任を負うべきいわれはない。
三 結論
以上に認定判断したとおりであるから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であつて、これを棄却すべきである。
よつて、これと結論を同じくする原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上明雄 石田真 辰巳和男)